私の新人時代(2)

2007年は、小泉政権を受け継いだ安倍政権の第一期だった。今では飛ぶ鳥も落とす勢いの安倍首相も、その時はまだ経験が浅かったのか、様々な不運にも見舞われて、自ら総理大臣を辞退する。と、いうなかなかショッキングな形で幕を引いた時代でもあった。

特に仕事が無かったローズは、もちろん一番早く辞任のニュースを「仕事中」に気づいていた。本当に毎日が暇だったが、もちろん一日中何もしない。なんて、ことはなく、雑用があればそれなりに対応はしていた。

雑用は種々あるものの、一番メインとなるのは、「稟議書」を回すという仕事である。

稟議書は公務員だけではなく、大手の企業には存在すると思うが、平たく言えば、「企画書」である。

「白野楓子2017生誕祭に係るスタンドフラワーの製作について」

などという、いかにもそれらしいタイトルをつけ、その詳細を記載し、上司にこれをやっていいか、確認を取る。と、いう仕事だ。

どこまで確認を取るかについては、その起案内容と予算によって承認者が変わってくる。

例えば、スタンドフラワーの製作であれば、他部署があまり関わらないので、

起案者:ローズ

承認①:楓子隊 係長 とっしー

承認②:楓子隊 課長補佐 T田

承認③:楓子隊 課長 あらきさん

くらいで終了する。

しかしこれが、他部署だったり、法人全体を巻き込む決裁になると恐ろしい数の人数の承認を得なくてはならない。

例えば、私が「白野楓子生誕2017に係るサプライズケーキの演出について」みたいな内容だとすると、

起案者:ローズ

承認①:楓子隊 係長 とっしー

承認②:楓子隊 課長補佐 T田

承認③:楓子隊 課長 あらきさん

承認④:ポンバシ安全部 部長 なべ

承認⑤:柚原ペット部 課長 ろん

承認⑥:愛須ばにらピコはん部 課長 つばさ

承認⑦:経理部 部長 牧野舞

承認⑧:アイドル系理事 白桃もも

承認⑨:シンガー系理事 木下りこ

承認⑩:理事長 白野楓子

みたいな感じで、はんこ集めゲームが始まるのだ。

今回の内容は、例としてあげたので少なめだが、本来は、所内全部回すとしたら、20以上は、集める必要があるケースもあった。

本当にこんなに集める必要があるの?と、思う人も多いと思うが、結論から言うと、集める必要はない。

なぜなら実際にこの起案内容に目を通しているのは、起案者のローズと直近の上司のとっしーさんくらいまでで、あらきさん以上になると、一切目を通さずにはんこを押している。

よく考えればそりゃそうだ。なぜなら起案の内容は、内容によるが、10ページから100ページのものが多いと思う。中には、1000ページに近い内容のものもある。

それらをひとつチェックするだけでも大変なのに、上に行けば行くほど、チェックする数が増えてしまうのだから、必然的に内容はチェックしない。

そこで出てくるのが公務員お得意の「前例主義」である。前に一度それでやっているのだから、今回もたぶん問題ないはずだ。と、いう考えと、前にやって大丈夫だったものだから、私には責任が無い。と、いう意味合いの二つがある。

とにかく公務員の仕事は、「受け身」だ。なぜかというと、仮にその部署で大きな仕事を成し遂げたとしても、ずっとその分野でスペシャリストとして続けるわけでもないし、2年もたてば他部署に異動になるので、成果を出す必要もない。

そもそも「成果」など、はかってもいないので、目に見えるのは「問題」を起こさないかどうかが彼らにとっては肝心なのだ。

だから、自分の担当部署で、何かこれは将来問題になりそうだぞ。と、いう内容を見つけても見てみないふりをする。なぜならそこでバカ正直に、「これこのまま放置すると問題です」と、言ってしまえば、それはなぜか「その時に担当」だった自分のマイナスになってしまうからだ。

私は公務員の仕事をしているときに、ずっと爆弾入りのプレゼント交換ゲームをしているような気持だった。

子供時代。クリスマスの時などにやった経験が誰でもあるのではないだろうか?綺麗なラップに包まれた箱を、音楽に合わせて隣の人へ、隣の人へと渡していき、音楽が止まるとその箱の中身を開ける。

すると、素敵なプレゼントが入っているときもあれば、爆弾が入っているときもある。爆弾を引いてしまった人は、それは運が悪かったのだ。

するとどうなるかというと、なんとか市場問題や、なんとか学園問題のように、誰かスケープゴートを用意して、その運悪く爆弾を引いた人に全責任をかぶせる。

まったく、ひどい話だ。

しかし、親方日の丸方式の組織、良い面もそれなりにある。

仮にどれだけ仕事が出来なくても、表面上はスケープゴートで問題を処罰されても、時間が経てばこっそりと、でも確実に復活できるからだ。

稟議書のハンコ集めゲームは、別の視点をすれば、「血判状」集めのようにも私には感じられた。血判状とは、昔の武士や商人などが、自分たちの組織の結束を固めるために、自らの血を朱肉とした捺印を施した連名書みたいなものである。

この組織にコミットさえすれば、逆を言えば一生の身分を保証してやろう。だから、逆らうな、疑うな、上の言うことをひたすら聞け。

赤信号

みんなで渡れば

怖くない

国民の意思どころか、私たち個人の意思すらも存在しない巨大な組織において、どれだけ人のためになれるのだろう?

社会人経験のなかったローズも、1年も経つころには、自分の仕事がおかしいと気づき始めた。ローズ、25歳の冬の話である。