求められれば・・・求められなきゃ終わりなんだよ
客がちゃんと欲しがってくれて
それにキッカリ丁度の多すぎない、
少なすぎなもない報酬をくれて
それに丁度よく見合う形の
とびきりいい芸を返して
お互い気持ちよく取り引きをするんだ
それには客の姿が見えてねえと
落語なんかできねぇだろ?
この前、久々に漫画新刊読み漁りましたが、
最近の漫画も面白いもの結構出ていますね。
中でも落語心中は、
地味に名作なんじゃないかと思います。
いつか映画化するかなー?\(^o^)/
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と、お気楽な始まりはこの辺にして、
落語心中を読んでいてふとひとつの
言葉を思い出したんですね。
それが、
「お金をもらっているんだから仕方ない」
と、いう言葉。
偶然なのかもしれないですが、
仕事場でもプライベートでも重ねて聞いたこの言葉ですが、
社会人経験も長くなってくると、
お金の価値ってなんなんだろう?
って、思う場面も多くなりますよね。
個人的にはこの言葉がすごく嫌いで、
特に前職の教育業をしてたときは、
いわゆるクレーマーの人が、
良くこういう言葉を投げかけてくるんですよね。
「お金を払ってお願いしてるのに」
まぁ、そういう時には、きっぱりと
あなたのお子様を性根から改善するためには、
端的に言うと今お支払いただいている
金額では全然足りませんよ。
と、言い返してしまうんですが。\(^o^)/
えーえー。
やる気スイッチなんてありませんよ。
本来は、教育というものは、
ご家庭で責任を持ってしつけの一環として
行うものですが、出来の悪い親が自分に
出来もしないことを子供に強要してもできるように
ならないから、仕方なくお金を払って外部に
教育を「アウトソーシング」されてるんですよね?
教育というものは、
車やバッグを買うのと違うんですよ。
車やバッグであればお金をかければ
どんな高級ブランドでも誰もが身につけられますが、
「教育」という「習慣」は、お金をかけても
身につけられるものじゃないんです。
偏差値60の人を65にするのに
10万円必要だったからと言って、
偏差値40の人が65になるのに
10万円払えばなれるものじゃないのって
お分かりになります?\(^o^)/
あ、つい前職の愚痴出ちゃった。\(^o^)/
まぁ、話をもとに戻すと、
1度お金を払ってしまえば、
そのお金分以上のサービスを強要する人が
意外に多いよなー。この世の中。
って、お話です。
ちょっと前にじろさんが話題にあげてて
絡みたかったんですけど多忙でスルーした
川越シェフの水代800円騒動が記憶に新しいですね。
http://www.j-cast.com/2013/06/14177332.html?p=all
これは、別にどっちが
悪いというわけでもないんだけど、
世の中の「価値観」って様々だよなー。
って、話ですよね。
大人になって色々な人と接すると、
この「大前提」の「常識」のすり合わせを
することになんて苦労するんだろう。
と、思う毎日です。
例えばわかりやすい例で言うと
スポーツのクラブチームの練習で考えてみましょう。
「10ヤードをダッシュする」というメニューがあった時、
その内容は、解釈によっていくつも分かれます。
・10ヤード目までをトップスピードで走る。
つまり10ヤード目をトップスピードで走り抜ける。
・ダッシュした結果10ヤードに辿りつく。
つまり5~6ヤード目でトップスピードになり10ヤード目で走り終える。
・10ヤード目までをトップスピードで走って、そのままそこで止まる。
どれをとっても結果10ヤードを走ってるんですが、
その「言葉にならない隙間」のイメージの仕方によって
お互いのストレスとなる事項が生まれてしまうんですよね。
お互いがお互いのしてることを正しいと思っているので、
どうしてあの人はわかってくれないんだ!
と、思ってる関係。
メイド喫茶にお帰りすれば、
ワンドリンクだけでも平等に話してもらえると
思っているか、思っていないか。
日本特有の傾向だと思うんですけど、
消費者至上主義の風習は、お店側の人にとって
大きなストレスを与えてしまいますよね。
お金を払えばメイドさんやアイドルさんに
何を言っても良いわけじゃないんだよ。\(^o^)/
でも、だからといってお店の人が
大手をふってお客さんにモノいいしても
見てる方は引きますけどね。
直接言われたわけじゃないですが、
このお店は、こういうお店なんだ。
って、判断しちゃいます。
ツイッターは思った以上に、
見ている人多いですよ。\(^o^)/
別にそれが良い悪いではないんですけどね。
みんながみんな同じだけの感覚を
持ってくれればいいんですが、
なかなか上手く行かない世の中ですね。
それをすべて文面で規程すればいいんですが、
それはそれでさみしい世の中です。
・・・終わり。\(^o^)/