私の新人時代~大阪編~(8)

Poco☆Lv1(ポコスターレベルワン)は、日本橋では、ちょっと・・・いや、だいぶ変わったコンカフェだった。

場所は、なんさん通りを東に進んだ住宅街方面。黒門市場から徒歩2分程度である。

改装前はスナックだったのか、それを無理やりメイドっぽくピンクに改装したりしていたから、見た目は少し入りづらい雰囲気だった。

怪しいビルの3階・4階にあるよりも、路面店のほうが普通は安心して入れるのに、ポコは逆に怪しげなオーラを禍禍しくはなっていたのだ。

ドアをくぐれば落ち着いた雰囲気かというと、お店の中も、もちろん異質だった。

接客業なので、お客さんを大切にするのが、普通なのだが、ポコは、お客さんをお客さんと一切思っていなかった。

店に飛び交うのは、「うるさい」「バカ」「帰れ」などの罵詈雑言。お客さんもそれに負けじと口が悪いものだから、東京の上品なメイド喫茶を経験しているローズには、ポコには面白さしか感じられなかった。

そもそも、ポコは当初メイド喫茶だったのだが、あまりに接客が出来な過ぎたので、「妹」なら許されると、コンセプト変更をしたのだが、それも納得の家族感である。

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繁忙期にも何度かポコにはおかえりをしていたが、最初は、まだその魅力がわからずに、定期的に通おうとは思っていなかった。

最初は、コンカフェに通うつもりなんて、さらさらなかった。お話をしたいなら、大正ロマンの足湯やさんで、ゆっくり話ができたし、ポコは、外から見ている分には良いけど、あの舞台に上がって口達者なメイドさんとやりあうのにはエネルギー消費が大きすぎる。

私が当時のポコに抱いていたのは、「食堂」というイメージで、今はどこのお店もチャージが当たり前になってしまったが、当時の大阪のコンカフェは、どこもチャージなどはなく、700円前後でご飯が食べられるという優れた営業形態だった。

中でもポコスターは特に秀逸で、店長のめるるさんの方針なのか、日替わりが600円の日もたびたびあった。

これにはローズは非常に助かった。

なぜなら大阪の借家には、コンロがデフォで設定されていないため、一切家で料理ができなかったからだ。

すべて外食でも問題ないのだが、昼・夜と1000円×2の外食を毎日続けるとさすがにエンゲル係数が高すぎる。

朝シフトになると給料も少し下がっていたし、繁忙期は、月に10万以上残業代がつくが、それを除いた平常期は残業代などつかないので、手ごろな食事処を探していたのだ。

しかも、おなかが満たされればそれでよい。と、いうわけではないローズにとって、ポコの料理は、本当にすべて手作りで、かつ美味しいものだったので、大阪に引っ越したことが、本当に嬉しかった。

これは、だいぶ節約できるぞ。

と、思っていたローズが、結果として、むしろ支出を増やすことになったのに気付くのは、まだずいぶん先の話である。。。