私の主任時代~名古屋編~(12)

これでコンカフェは引退するつもりだった。何度目の引退か?しかし、その時は、当人たちはいたって真面目に卒業しようと思っているものだ。

名古屋において唯一幸運?であり、不運?だったのが、メイド喫茶の集積地は、大須観音という名古屋からは少し離れた繁華街だったからだ。

東京や大阪で例えるならば、名古屋=東京&大阪、栄=心斎橋&新宿、大須観音日本橋秋葉原。みたいな感じだろうか?実際には違いがあるが、おおまかなイメージとしてはおおよそ合っていると思う。

名古屋からさらに大須とは逆方面に住んでいた私からすると、大須観音はとても遠い存在だった。自転車で約30分・電車を乗り継いでも約25分。よほど自分の求めるものが無い限りは、なかなか通うことが難しい環境だった。

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名古屋のコンカフェは、かなり東京よりのシステムだった。だいたいどこのお店も1時間500円のチャージ料がかかる。それ以外のフードやドリンクの値段はさほど高くはないが、どこのお店もおおよそ冷凍モノなど、そこでおなかを満たそうとはなかなか思えない内容だった。

名古屋といえば、元祖クラシカルメイド喫茶のエムズメロディが有名であったが、クラシカル系というよりは、東京ほどのシステマチックさでもなく、大阪ほどのフリーダムさでもないなんとも言い難いお店が多かった。

引退しようと思ってはいたものの、休日などに時間ができると、つい、ふらりとコンカフェに立ち寄ってしまっていたが、そういった特徴からか、なかなか通おうというお店に出会うことはなかった。

メイリーフは、2011年の6月オープンなので、まだちはやさんに出会うことはできなかった。

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大須メイド喫茶をおおかた周り終えたそのあとに、「丸の内」という大阪で言う本町のようなビジネス街の「萌えりぃ」というお店にいつしか通うようになっていた。

萌えりぃは、現在は今を時めく「たかしょー」が在籍していたお店であり、のちにオープンするメイリーフの系列店のお店のひとつだった。

なぜ通うようになったかと言うと、圧倒的に優れたシステムと料理の品質の良さ。そして何より女の子のビジュアルとトーク力の高さだった。

システムの何が優れているかというと、基本的には1時間当たりのチャージが500円で一律だったお店が多い中、「チャージ無し」か「チャージあり」を選べた点だ。

「チャージ無し」などという野暮ったい言葉はもちろん存在せず、チャージ料を払うと「リターン」という魔法により、萌えりぃ星から来た女の子と会話ができるという建前だった。(逆に言えば、チャージを払わなければお前らの話してる内容なんか理解できねぇよ。と、いう解釈もできて面白い)

それならみんなリターンしないのではないか?と、いう心配もあるかもしれないが、1時間ごとに延長するたびに、「リターンはいりましたー。ありがとうございまーす」みたいな、コールが入るので、非常に気分が良い。

AKBなどのグループが、キャバクラのシステムを持ち込んだ。と、言われるが、萌えりぃのグループもシャンパンタワーの導入やコールなど、キャバクラのシステムをコンカフェに上手く融合させた先駆けだった。

その手法には賛否両論あるかもしれないが、少なくとも私は、顧客視点で見た時には、素晴らしいお店だったと思う。

あまりその素晴らしさを記載したことはなかったが、私は萌えりぃについても本当に素晴らしいお店だと思っており、メイリーフが無かったとしたら、おそらく萌えりぃの住人になっていたと思われる。

当時の名古屋は、萌えりぃグループを中心に、いくつかの新店がオープンしており、コンカフェ文化花盛りの時代だった。