私の主任時代~名古屋編~(17)

「大丈夫?気分悪いの?」

恐る恐る声をかけたのち、顔色をそ~っと覗いてみると、思ったより血色の良い顔色のヤセガワさんを見て、ほっと一息をつく。

「あ、いや。すいません。ちょっとめまいがしただけで・・・。大丈夫です。」

マイペースで優しい声色。いつものヤセガワさんのトーンだ。

「そっか。まぁ、無理しないでおいでね」

少し心に引っかかりがあったものの、大丈夫かな?と、判断した私は、そのまま会社に向かっていった。

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大したことではないと思ったが、念のため、この件は、校舎長のアカギさんには報告をしておいた。

体調的な面でも心配はあるが、もしかしたら精神的な面ですかね?と、一応伝え、後で機会があれば最近の仕事がどうなのか聞いてもらうようにお願いをした。

その日は普通に出勤をしたヤセガワさんだったが、後日アカギさんから話を聞いてもらうと、やはり仕事の業務量が多すぎることから、出勤するのが嫌で道端に座り込んでしまっていたらしい。

個人的にその話を聞いたとき、ある程度予想はついていたし、知らないでやっていたわけでもなかったから驚きはしなかったけど、少しショックだった。

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全国平均の新卒で見た時に、私はヤセガワさんは、相当なレベルで仕事ができるようになっていたと自負している。

どこの会社でもそうかもしれないが、基本自分の店舗は愛しているし、自分の部下や後輩を愛している。

だから、店舗内でも、他部署の人と飲むときは部署単位で自慢をしあうし、他店舗同士の飲み会の時には、各人が自分の後輩を自慢する。もしも合宿や研修など、他店舗同士が、集まって仕事をする場に後輩を送り込んだとしたら、部長や役員から評価されることを切に切に願っている。

それは、自分が出世をしたいとか褒められたい。と、いうよりは、一人でお店を回すことができないので、チームとして仕事をしていく必要がある。と、いう環境がそうさせるのかもしれない。

後は、単純にベンチャー系の企業は負けず嫌いや「成長」が何よりの好物なので、何につけても競い合うことが好きなのも影響しているかもしれない。

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全員がそうであれば素晴らしいのだが、成長中の企業は、全員がそうでもないのが、離職率が高くなってしまう一番の原因だろう。

どれだけ上司が成長を望んでいても、本人が望んでいなければ、それは彼にとってつらいだけだった。

正確に言えば、彼は成長を望んでいなかったわけではない。もちろん、うちの会社の社風を知ったうえで、かつ、採用試験を突破したうえで入社をしているのだから、少なくとも優秀で向上心がある人物なのだが、彼の望むペースと、会社が望むペースに差があり過ぎた。

正確に言えば、「会社」というより、「校舎」か。全国で1・2を争う忙しさの環境に、新卒の望むペースで成長を待ってあげられる余裕はなかった。

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セガワさんの改善ポイントは、「ひとりで決断」をすることと「スピード感」だった

厳しいことを言うと、仕事ができない人の特徴は、「スピード感が無い」だと個人的には思っている。

例えば、「社内メールで全体研修があります。日程は、①・②・③とあるので、希望の日時をいつまでに教えてください。」と、いうメールが来たとする。

すると、仕事ができる人は、「そのメールを見た瞬間」「決断」をする。

仕事ができない人は、そっかー。あとで考えて返事をしよう。と、思い締め切り間際に返事をするか、多くの場合、他のタスクに埋もれて返事を忘れる。

「5秒でできることは即実行する」と、いうのが仕事をこなすひとつのコツだということはよく言われるが、私もその通りだと思っている。

何か特別な事情があるのならわかるが、そうでなければ、判断・決断は、即時行うことに越したことがないのだが、仕事ができない人に「なんですぐにやらないの?」と、聞くと、「わからないから」と、いう答えが返ってくる。

①・②・③のどれを選んだらわからないから、今はその問題を棚上げにして後で考えよう。と、いうのが彼らの思考だ。

しかし、今わからない問題は、後で考えてもきっとわからないはずである。厳しいことを言えば、ようは彼らは「決断」をすることを避けているのだ。

私自身もそうだが、「決断」をすることは心が擦り切れる。どっちを選んでも、後であっちのほうが良かったかな。とか、後悔することはあるし、それが正解だとわかっていても、片方の答えを捨ててしまうことの責任が「自分」にかかってくるのは何かとつらい。

しかし、仕事とは決断の連続なので、その練習が必要だと考えた私は、私がしているスピード感で、ヤセガワさんに「決断」を求める練習をその場でさせた。

決断が必要な場面が来たら、ヤセガワさんを呼び出し、目の前で「これをどうするのか?」と、聞き、「その場」で決断をさせる。

「これは○○の可能性があるから」

「まだ返答期限があるから」

「他の仕事で忙しいから」

と、いった無限にあふれ出る「やらない理由」をすべて否定し、その場で「今」やれ。と、いうのは、冷静に考えるとなかなかパワハラじみた指導だったかもしれない。

アカギ校長からの情報をもとに、(ほんのちょっとだけ)彼用に依頼するタスクを絞ったからか、私の知らないところでアカギ校長がサポートをしてくれたからか不明だが、ヤセガワさんは、その後もなんとかかんとか1年を務めきることができた。

結局それから2年後に彼は退職をしてしまうのだが、今の職場でこの時の経験が少しでも生きていてくれたらいいな。と、こっそりと願っている。

こうしてヤセガワさんクライシスを切り抜けたローズだが、次にもっと大きなサクラさんクライシスが待っていた。

こっちは、ヤセガワさんと違い想像だにしていなかったので、ローズに大きな精神的ダメージを追わせていく。。。